きっと、もっと輝く私。

輝くこの人に大接近

自分らしく輝きたい!そんなみんなに力をくれる、この人の生き方とは…。
撮影:桜庭宏紀さん

桂 右團治さん(落語家)

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法律の世界から落語へ。それって180度違う世界なのでは?落語との出会い、そして真打ちの桂 右團治師匠になるまでの話から、伺ってみましょう。
右團治さん

弁護士か裁判官になろうと司法試験の勉強をしていたんです。あるとき、ラジオから聞こえてきた「昭和の名人」という落語のシリーズを聞いて、その面白さに思わず聞き入って引き込まれてしまったのです。
笑ってホロリとする江戸の人情噺(はなし)とかを聞くうちに、もっと聞きたい、見てみたいと思うようになり、情報誌で探して1人で寄席へ通うようになりました。

大学3回生の頃の右團治さんをとらえたのは、のちの師匠・桂 文治さんの芸でした。いかにも江戸っ子らしい粋な噺っぷりに惹かれ高座に通い詰めます。いつしか司法試験より落語の方を大事に思う自分に気づいて、右團治さんは落語家になろうと心に決めました。

右團治さん 決心したら行動するのは早いんです。

すぐに文治師匠にお会いして、弟子入りを申し出たのですが、師匠は相手にしてくれませんでした。そりゃそうですよね、落語の修業は厳しいうえ、女性である、関西出身、しかも24歳からの遅い入門とあっては。
でも、熱意だけは負けなかったと思います。とにかく師匠にうんといってもらえなければ、落語家にはなれないんですから。
楽屋へ押しかけて3回目だったと思いますが、いつものようにお願いして帰り際に、師匠が黙って師匠の家までの電車の回数券を渡してくれたんです。

右團治さん
今、落語が若い人たちの間でもちょっとしたブームになっています。
なぜ落語は男性の噺家(はなしか)さんが多いのでしょう?それは江戸時代に、風紀を乱すということで女性が舞台に上がることが禁じられたからでした。当時大流行した歌舞伎と並んで落語も、芸の伝統と共に男性によって演じられることも伝統になっていったのです。
●桂 右團治さんのプロフィール
兵庫県神戸市出身。1986年11月十代目桂文治に入門して「小文」になる。1987年早稲田大学法学部を卒業。1991年二ツ目に昇進。2000年5月初代「右團治」の名で落語芸術協会女性初の真打ちに昇進。趣味は英語・中国語・俳句・民謡・ジャズボーカル・囲碁・津軽三味線・南画、特技は端唄、木遣り、祭囃子ほか。話しことば検定合格。駒沢短期大学非常勤講師。
●定期公演
大江戸おんな寄席(三越劇場)、右團治365球(国立演芸場・東京芸術劇場・湯島天神参集殿)、右團治独演会(ON+大手町)ほか
●桂 右團治公式サイト「右團治画報」http://udanji.cool.ne.jp/
公演のチェックもできます。
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